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取材に行ってきました!

映画監督・蔦哲一朗さん最新情報

池田高校野球部元監督・蔦文也のドキュメンタリー映画先行上映会

蔦哲一朗監督、最新情報!!

池田高校野球部のユニフォームを着た・蔦哲一朗監督。
池田高校野球部のユニフォームを着た・蔦哲一朗監督。
多くの人が感動で涙した映画、「蔦監督~高校野球を変えた男の真実~」が、池田町のやぎう坐で6月より上映されることとなりました。2015年の冬から全国各地で上映されてきたこの作品が、映画の舞台となった「池田町」に戻ってきました。毎週、あの蔦監督に会いに行けます。

◆◆無料上映◆◆

◆日時
2017年6月4日(日)~
毎週日曜、10:30より上映
※日によっては上映のない日もございます。お問い合わせください。
◆場所
やぎう坐(徳島県三好市池田町マチ2210)
◆問合せ先
一般社団法人ニコニコフィルム・倉田 TEL:080-5455-6296/やぎう坐・西崎 TEL:050-3706-5501
徳島県西部にある池田高校野球部の活躍は、多くの徳島県民の記憶に強く刻まれていることでしょう。1974年春の甲子園での準優勝以来、数々のドラマを残した同校野球部の選手たちと、「つたはん」でおなじみの監督・蔦文也さんといえば、野球ファンならずとも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
さて、以前まいぷれ徳島でご紹介した映画監督の蔦哲一朗さんは、蔦文也監督のお孫さんです。哲一朗さんの最新作『蔦監督-高校野球を変えた男の真実-』が、2015年12月より県内各所で上映されています。

蔦哲一朗監督の最新作、「蔦監督-高校野球を変えた男の真実-」の先行上映会へ!

2016年1月17日(日)、北島町の創世ホールで、とある映画の上映会が行われました。上映されたのは、甲子園を沸かせた池田高校野球部の元監督、故・蔦文也のドキュメンタリー映画『蔦監督-高校野球を変えた男の真実-』です。蔦監督の人気は今も衰えておらず、会場(330人収容)は、立ち見のお客様が出たほどの賑わいでした。
上映前、温かい拍手の中ステージに登場した哲一朗さんは、「皆さんの知らないおじいちゃんの姿を、映画監督として撮りたかった。ぜひおじいちゃんの姿を観ていってください。」と挨拶をされました。

「蔦監督の姿がまた観られる」という嬉しさに満ちた方たちで、会場は埋め尽くされました。
「蔦監督の姿がまた観られる」という嬉しさに満ちた方たちで、会場は埋め尽くされました。
三好市の池田町の町おこしキャラクター「つたはーん」。酒好きの蔦監督らしく、一升瓶とバットを持って登場。
三好市の池田町の町おこしキャラクター「つたはーん」。酒好きの蔦監督らしく、一升瓶とバットを持って登場。

作品紹介 蔦監督-高校野球を変えた男の真実-

今なお高校野球界を代表する名将として人気を誇り、その風貌と独自の野球理論から“攻めダルマ”の愛称で全国の人々に親しまれ、甲子園で優勝3回、準優勝2回の偉業を成し遂げた池田高校・蔦文也監督。高校野球史にその名を刻む蔦文也の知られざる姿が、いまドキュメンタリー映画としてよみがえる。
監督は蔦文也の孫である蔦哲一朗が務め、水野雄仁、畠山準をはじめとする池田高校野球部のOB、長年寄り添った妻・キミ子や家族の証言を通じて一人の男としての蔦文也に迫る。

さわやかイレブン、やまびこ打線、攻めダルマ。<br>多くの人に愛され、高校野球界に大きな影響を与えた蔦文也。2001年4月28日死去。
さわやかイレブン、やまびこ打線、攻めダルマ。
多くの人に愛され、高校野球界に大きな影響を与えた蔦文也。2001年4月28日死去。
映画「蔦監督-高校野球を変えた男の真実-」

ドキュメンタリー/2016年/日本/カラー/16:9/ステレオ
出演:蔦キミ子/畠山準/水野雄仁/江上光治
/池田高校野球部OB・関係者/千玄室
監督:蔦哲一朗
ピアノ音楽:新垣隆
製作・宣伝・配給:一般社団法人ニコニコフィルム
後援:徳島県三好市
映像提供:毎日放送/四国放送
写真提供:徳島新聞/栗原達男

⇒映画「蔦監督」公式サイトへ

蔦哲一朗監督にインタビュー!

◆この映画を撮り始めたきっかけを教えてください。
皆さんの知っている「蔦文也」は、当時日本中を沸かせた池田高校野球部の監督としての姿でしょう。その強烈なキャラクターゆえ、あまり知られることのなかった「一人の人間としての姿」があったと思います。孫である僕も知らない“おじいちゃん”の姿です。
昔から、孫として“おじいちゃん”がどんな人であったかを知りたいと思っていましたし、映画監督として撮りたいと思っていました。祖父は2001年4月に亡くなりました。それからちょうど10年後、2011年の正月に蔦文也の本当の姿を残すため、カメラを回し始めました。

孫たちと過ごす蔦文也監督。一番右が哲一朗さん。当時3歳。
孫たちと過ごす蔦文也監督。一番右が哲一朗さん。当時3歳。
◆撮影を通じて、監督に対する思いに何か変化はありましたか?
小さな町の野球部をあそこまで有名にした偉大な監督であることには変わりはありません。ただ、その分、反感を買うことも多かったようですし、周囲との軋轢も想像以上に大きかった。当然ですが、それもおじいちゃんなんだと思いました。
その両面を、映画を通じて皆さんに知ってほしかったので、事実を知ることができて本当に嬉しいです。これが僕のおじいちゃんの姿です。

映画を観る人を一瞬で虜にしてしまうキミ子さん。<br>キミ子さんは、蔦文也監督にとっても、池田高校の野球部員たちにとっても、かけがえのない存在。
映画を観る人を一瞬で虜にしてしまうキミ子さん。
キミ子さんは、蔦文也監督にとっても、池田高校の野球部員たちにとっても、かけがえのない存在。
◆奥さんのキミ子さん(哲一朗さんの祖母)の存在はやはり大きかったですね。
おばあちゃんあってのおじいちゃんだったと思います。野球部の活躍は、2人が揃ったから成し遂げられたことなのでしょう。
僕が大学を卒業して間もない頃、おばあちゃんも、高齢のためにボケが進行し始めました。この映画を今作らなければいけないと、その時思いました。
当時の様子を、明るく楽しく話してくれるおばあちゃんの存在は、映画を撮る上で大きかったです。これは、“おじいちゃんの映画”でもあり、“おばあちゃんのための映画”なのかもしれません。

今後の上映会のスケジュール

徳島県内の各所にて、上映会が行われています。詳しくは、映画「蔦監督」公式サイトをご覧ください。

⇒映画「蔦監督」公式サイト上映情報

<編集部より>
実は、この映画の上映会を本当に楽しみにしていました。子どもの頃、みんながテレビにかじりついて観ていた、あの池田高校野球部の蔦監督をまた観ることができる。蔦監督の強烈なキャラクターと、当時の県民の熱狂ぶりは、今でも忘れられません。
まず、蔦監督の妻・キミ子さんの魅力に引き込まれました。よくよく考えてみると、あの蔦監督を長年支え続けた女性であるのだから当然のことでしょう。また、お孫さんが撮った映画だからこそ、キミ子さんの魅力を存分に引き出せたのだと思います。
哲一朗さんは、この映画を4年間かけて撮影されたそうです。時間をかけてじっくりと撮ったドキュメンタリー映画であると同時に、蔦文也という徳島が誇る名監督の『残しておきたい記録』であると個人的に思いました。
今後も、徳島県内で上映会が開催されます。まいぷれ徳島のイベント情報に掲載していますので、そちらもチェックしてみてください。

映画監督 蔦哲一朗プロフィール

蔦哲一朗(つたてついちろう)
映画監督。1984年生まれ、徳島県出身。

祖父は池田高校野球部の元監督・蔦文也。
上京して東京工芸大学で映画を学び、07年に「夢の島」を製作。第31回ぴあフィルムフェスティバルにて観客賞を受賞したほか国内外から高い評価を得る。
13年に地元・徳島の祖谷地方を舞台にした映画「祖谷物語-おくのひと-」を発表。東京国際映画祭をはじめ、トロムソ国際映画祭で日本人初となるグランプリを受賞するなど多くの映画祭に出品され話題となる。また第24回日本映画批評家大賞新人監督賞を受賞した。14年、個人として阿波文化創造賞を受賞。